『石井さん おっぱい』
私は、仕事ではパソコンを使用している。
今の仕事を始める前までは、人差し指だけを使い、タイピングをしていたが、2年目となると、もうすっかりタッチタイピングができるようになった。
(調べたら、今ではブラインドタッチって言わず、タッチタイピングが主流らしい。)
アルバイトで入社した当時、隣の席の先輩が、凄まじい速さでタッチタイピングをしていて圧倒されていたが、今では私があの時の先輩になっている。
ただ、私のタイピングは、勢い重視で必ずといっていいぐらいに誤字してしまう。
そのため、一回打った一文を一度全部削除して、改めて打ち直すのが当たり前の動作となっている。
ある日、社内宛の連絡で、「お疲れ様です。」を打っていたら、いつもの調子で途中の文字を打ち間違えたらしく、予測変換に『おっぱい』が出てきてしまった。
あまりにも会社と『おっぱい』が結びつかなすぎて、瞬時にリアクションができず、頭より先に体が動き、エンターキーを押していた。
すると、メールの文章内に
『石井さん
おっぱい』
の文字が現れた。
それを見たらようやく頭が追いついてきて、じわじわ笑いが込み上げ、
「おっぱい、て」
と、在宅勤務をいいことに声にしてツッコミを入れる。
これは、私の会社人生で、会社とおっぱいが結びついた唯一の日であろう。
石井さんが結びつけてくれたのかも知れない。
石井さんとは、ボブカットで目がくりくりしている他部署の次長である。
こんなとこで、話に出されて、しかも『おっぱい』と絡めた内容だなんて、迷惑な話であろう。
そのあと、いないはずの観客に惜しまれつつ『おっぱい』はバックスペースで姿を消した。
何も知らない『お疲れ様です。』が姿を現し、何も知らない石井さんは、平気な顔して内容を読むだろう。